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来賓スピーチ

2024年度国際大学(IUJ)修了式

北岡 伸一

東京大学名誉教授・立教大学名誉教授

独立行政法人国際協力機構 理事長特別顧問 (前理事長)

祝辞(和訳)

 

皆さん、おはようございます。

 

皆さんと皆さんのご家族に心よりお祝いを申し上げます。

 

2013年、2014年、そして2015年と、今日と同じように、私はここに立ち、お祝いの言葉を申し上げました。 私は家族と一緒に祝福されるこの雰囲気がとても好きです。一緒にお祝いするのはとても特別なことです。ただ一つだけ苦労したことは、タイやスリランカからの修了生の名前を正確に読むことでした。

 

皆さんの多くは2年前にここに来ました。その前は、パンデミックのさなかだったので、留学に行けるかどうか、そしてどの国に留学するかについて、皆さんは悩んだことでしょう。 そして、皆さんは日本とIUJを選んでくれました。私はこの選択に感謝し、あなたの決断は正しかったと申し上げたいと思います。その理由を説明したいと思います。

 

私はIUJの学長として3年間だけしか在籍できませんでしたが、IUJとの関係はもっと長く続きました。私がIUJにいた頃、学生たちはIUJでの勉強に満足しているようでしたが、中には日本そのものについてもっと知りたいという学生もいました。確かに、自分の学問や専門について学ぶことはできても、日本やその経済、政治、文化について学ぶ機会は限られていました。 もっと日本について勉強する機会を与えてほしいというのは、ごく自然な要望でした。では、何をどのように教えればいいのか。この問いはしばらく明確な答えが出ないままでした。

 

しかしJICA理事長として、私は日本の近代化の過程を教えるべきだと考えました。というのも、日本は非西洋的な背景を持ちながら、文化的アイデンティティを失うことなく近代化を遂げた最初の国であり、おそらく唯一の国だからです。開発研究の中心はイギリスやアメリカだと思われていますが、彼らは19世紀にはすでに先進国でした。しかし日本は後進国であり、西洋の先進国からの差別と闘わなければなりませんでした。中国、ロシアに勝利し、第一次世界大戦を経て、日本は五大国のひとつとみなされるようになりました。しかし、日本が国際連盟の原則に「人種平等」の原則を盛り込もうとしたとき、アメリカのウッドロー・ウィルソン大統領によってこれを拒否されました。

 

日本は1930年代に多くの過ちを犯し、近隣諸国の人々に多くの損害を与え、日本人は多くの苦しみを受けました。しかし、日本は敗戦の焦土から立ちあがり、法の支配に基づく豊かで自由な民主主義国家を築き上げました。このような経験を持つ日本こそ世界の開発研究の中心であるべきです。

 

この考えに基づき、私は「JICA開発大学院連携」を設立し、テレビ番組や多くの大学での英語による講義を始めました。皆さんもIUJでこのプログラムに参加されたと思います。これは現在、「JICAチェア(JICA日本研究講座設立支援事業)」として多くの発展途上国に提供され、学生たちに日本について学ぶ機会を与えています。私はJICAでこれらのプログラムを担当し、日本や世界の多くの大学を訪問しています。昨年はJICAチェアの講師として、南アフリカ、ボツワナ、エスワティニ、ナイジェリア、ブータン、スリランカを訪問しました。

 

発展途上国の学生の皆さん、あなたの国にもJICAチェアがあるかもしれません。ぜひJICAチェアに参加して、日本からの教授陣と交流してください。IUJの加藤宏教授や信田智人教授もその中にいるかもしれません。

 

今日、世界はひどい状況にあります。国際紛争は武力によって解決されるべきではありません。 交渉、仲裁、国際法廷、または外交によって解決されるべきであり、決して武力によって解決されるべきではありません。これは、人類が二度の大戦を経て確立した最も重要な原則であります。しかし、この原則は今、ロシアのウクライナ侵攻によって危機に瀕しています。

 

2022年3月、国連総会でロシア批判決議が193カ国中140カ国という圧倒的多数で採択されました。しかし、状況はあまり変わっていません。ロシアの制裁問題に関しては、発展途上国からの支持はあまり強くありません。それは第一に、西側諸国による植民地支配の記憶があるからであり、第二に、先進諸国が標榜する「普遍的価値」に対して疑念を抱いているからです。 特に、民主主義や人権といった先進国の概念をそのまま受け入れることはありません。

 

たとえば西側諸国は、パキスタンの女性差別を批判する傾向があります。女性は弱いもの、だから守られなければならない、だから遠くに行ってはいけない。その結果、多くの少女が学校へ行けず、識字率は非常に低いままです。

 

日本のアプローチ、JICAのアプローチは異なります。私たちは名指しで非難するようなアプローチはとりません。彼らの村の近くに小さな学校を建て、彼らが学校に通えるようにします。どちらが良いのでしょうか?

 

普遍的な価値観は、時代、場所、文化に柔軟に配慮しながら、さまざまな国に適用されるべきであります。

 

これが日本のアプローチであり、JICAのアプローチです。これは発展途上国から尊敬され、評価されています。だからこそ、日本は先進国と途上国の橋渡しができるのです。これは、日本の歴史的な責任と言えます。

 

私はこれまで途上国の学生たちと話をしてきました。もちろん、豊かな国からの学生もいます。あなた方の存在は大歓迎です。他文明の学生とともに学ぶという貴重な経験を、心から祝福したいと思います。これは小さな国連のようなものです。発展途上国を知らずして、世界をリードすることはできません。

 

もちろん日本人学生もいます。異なる多様な文明の学生たちとともに学ぶ貴重な機会を得たのです。日本では、「同じ釜の飯を食う」という言葉があります。IUJがそれです。

 

今、私たちは困難な時代を生きています。皆さんの多くは、国のため、あるいは世界のために働こうとしています。しかし、国によっては、環境のためにしばらく待たなければならないこともあります。  1868年に江戸で戦いがあったとき、福沢諭吉先生の弟子たちは興奮して戦いを見に行きたがりました。福沢先生は彼らに 「落ち着け、今は将来のために勉強する時だ 」と言いました。

 

これが私が皆さんに送りたいメッセージです。

 

あらためておめでとうございます。

 

ありがとうございました。